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鳥取地方裁判所 昭和51年(わ)68号 判決 1976年11月16日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中一六〇日を右本刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右本刑の執行を猶予する。

押収してある刺身包丁一丁(昭和五一年押第二五号の符号一)および管打ち六連発拳銃一挺(前同号の符号二)、弾丸一個(前同号の符号七)をいずれも没収する。

理由

(犯行前の状況)

被告人は、昭和四三年六月殺人罪等による前刑の執行を終つて出所後は、いろいろな土地で土建屋の現場監督、ストリツプ劇場の客引き、タクシー運転手、台所ゴミ処理機のセールスその他次々と職を変えた末、同四九年七月ころ、妻敏子とともに大垣市に移り住んでからは、自らは働かず妻が芸妓として働いて得る収入で暮らすようになり、翌五〇年一〇月二人で倉吉市に移つて来てからも、妻が三朝温泉で芸妓をして同様の生活をしばらく続け、同五一年四月から被告人自身も松江市内の調理師学校に通うようになつていたものである。

ところで、被告人は妻と同じ置屋で働いている先輩芸妓の夫にあたる青木一夫、同寒川一美らと本年二月ころ知り合い、時には一緒に飲酒したりする間柄となり、同四月三〇日夜も午後九時ころ右寒川方で右の三人が顔を合わせて飲酒しはじめ、ついで一一時ころから被告人運転の車で倉吉市内の飲み屋街に出て飲酒を重ねたが、最後に立ち寄つた先で些細なことから被告人と青木とは気まずくなり、被告人の、車で送るという申出を青木らが断り、別にタクシーを呼んで帰るという別れ方をする結果となつた。翌五月一日午前一時半ころ、被告人は一旦帰宅したものの、右のような別れ方をした後味の悪さから、やはり青木と仲直りしておいた方がよいとの考えで同人にその旨電話し、同人からも寒川が来ているから来るよう誘われ、自動車を運転して倉吉市東岩倉町二二六一番地千鳥荘アパートに出かけた。青木方へ着いてしばらくは格別のこともなかつたが、間もなく被告人が別れ際のことを持ち出したのに対して青木も語調を荒げて文句を言い出し、結局仲直りのため出かけた先で予想外のことになつてしまつたが、その場でこれを見ていた寒川が、日頃青木の気短かで手近のものを投げつける性癖を心配して灰皿や皿などを片づけ始めるなどしついで青木が室内で何か兇器を探すような素振りを見せたため、その様子に異常な雰囲気を感じた被告人は急いで室外にとび出し、アパート前にとめていた自車の後部トランクから管打ち六連発銃(前同号符号二)と刺身抱丁一丁(刃体の長さ二三センチメートル。前同号符号一)を取り出して青木の攻撃に備えることとなつた。右の銃は登録済の管打ち古式銃であつてこれに合う弾丸は手元になく、そのためこれにかえて被告人が六個ある弾倉のうちのいずれか一個所だけに市販の紙火薬を切つてつめ、さらにその先に魚釣用の錘をたたいて短い円柱状にしたもの一個だけをつめたうえ、その弾倉に対応する発火個所にはマツチの軸からとつた発火剤を粉末にして管につめたものをかぶせ、こうしていずれも被告人が前夜手製でつくつておいたものが装着されているという簡易なものであつた。右の様子を被告人に続いて飛び出して来て見た寒川が拳銃をとりあげようとして被告人ともみ合つた際、被告人は上方へ向いていた右拳銃の引金を引いたもののカチンと撃鉄のたたく音がしたのみで弾丸は発射せず、そうこうしているところへ青木が脇差一振(前同号一二。刃渡り三八センチメートル)を手にして出てきてすぐさまその鞘を抜き、被告人を攻撃する態勢をとることとなつた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

1  寒川の手をふりほどいて少し退避し、寒川がいきり立つている青木の身体を抱きとめやめろやめろと言つて制止してくれていた間、青木に対して攻撃を加えようとはせず、逆に「話に来たんではないか。」といつてなだめように言つていたが、青木を静めることはできず、徐々に右千鳥荘前の道路を西方へ向つて早目に歩くような状態で後退してゆく外なかつたが、そのころ青木は脇差を十文字に振りおろして切りかかる等の気勢を示して止めないため、青木に対し積極的に攻撃を仕かける意思のなかつた被告人は、機会を見てその場から西方へ向い走つて逃げ出し、約五〇メートル位先の三叉路を右に曲つて逃げ切ろうとした。ところが青木も走つて追跡し攻撃をやめようとせず、右の三叉路から約二〇ないし三〇メートル位先の、同市東岩倉町二二二四番地鹿島卓巳方前付近で数メートル後方から前記脇差をふりかざして走つてきたので、これを見た被告人は、このままではあるいは同人に追いつかれ背後から切りつけられるかも知れないと考え、自己の身体を防衛するため、突蹉に前記管打ち銃を青木の上半身方向へむけ、当時同拳銃につめてあつた前記手製弾丸が発射されうることや発射された場合に後記のような強い威力のあることまでは確知せず、また六個ある弾倉のうち何番目の弾倉に弾丸がこめられているかも憶えていない状態ではあつたが、弾丸が命中した場合、単に負傷などさせこれによつて同人の攻撃態度をひるませるだけにとどまらず、場合によつてはその威力が強くて重傷を負わせ遂に死に至すことがあるかも知れないことを当然予測しながら、それもこの際やむを得ないとの意思を含む気持のもとに、防衛のため相当と認められる程度をこえて引金を引き、これによりたまたま手製弾丸のこめられていた弾倉部分が発射個所にあたつていたところから弾丸を発射させて青木の胸部を銃撃し、よつて同日午前三時三五分ころ同市宮川町一二九番地清水整形外科病院において同人を右肺貫通銃創に基づく出血及び呼吸困難により死亡させて殺害した、

2  業務その他正当な理由がないのに、前記日時ころ、倉吉市東岩倉町二二二四番地鹿島卓巳方前付近路上において、愛知県教育委員会に登録した古式銃砲である前記管打ち六連発銃一挺および前記刺身包丁一丁を携帯した

ものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示所為中、殺人の点は刑法一九九条に、管打ち銃携帯の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の四、二一条、一〇条一項に、刺身包丁一丁携帯の点は同法三二条二号、二二条にそれぞれ該当するところ、右銃および刺身包丁携帯の所為は一個の行為で二個の罪名にふれる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により、一罪としてより重い管打ち銃携帯の罪で処断することとする。そして、殺人の罪については所定刑中有期懲役刑を、銃携帯の罪については懲役刑を各選択するが、前者は過剰防衛に該るので同法三六条二項、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い判示殺人の罪の刑に同法四七条但書の制限内で併合罪加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し同法二一条を適用して未決勾留日数中一六〇日を右本刑に算入し、なお後記情状に照らし、同法二五条一項により右裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予するのが相当であると認める。押収してある刺身包丁一丁(昭和五一年押第二五号の符号一)および同管打ち六連発銃一挺(同号の符号二)はいずれも判示事実2の組成物件であり、同弾丸一個(前同号の符号七)は判示事実1の犯行に供されたもので、いずれも犯人以外の者に属するものと認められないから、同法一九条一項一号、同二号、二項をそれぞれ適用し被告人から没収することとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人らは、被告人が本件拳銃を青木に向け発射したのは、青木から刃渡り約三八センチメートルの脇差を構えて追いかけられた末、二ないし2.5メートル位の至近距離に追いつめられ、いつ切りつけられるかも知れない危険な状態となつたため、自己の生命等に対するかかる急迫・不正の侵害から身を守ろうとしてやむを得ず右手にもつていた拳銃の引金を引いたもので、正当防衛にあたる場合であると主張している。

当裁判所は、正当防衛には該らず過剰防衛にあたると判断したが、その理由はおよそ次のとおりである。

1被告人は青木方居室内で喧嘩になりそうな雰囲気を感じてアパート外へ逃げ出した際、青木がまだ脇差を手にして出て来ていない時点で自らも拳銃と刺身包丁を自動車のトランク内からとり出し用意している。青木から兇器で現に攻撃されあるいは攻撃されそうになつてからはじめて防禦のため手にしたというのではないから、とり出した際の被告人の気持のなかには、単に青木の攻撃から身をまもるためというだけではなく、万一喧嘩になつてしまつた場合にはこれで青木と渡り合う気持もあつたのであろうと考えられる。この点だけを強調すると、拳銃の使用は防禦目的によるものではないのではないかとの疑いを懐かせるふしもなくはない。しかし、反面、青木方アパート前で拳銃等をとり出したのちの被告人は、青木に対し、「話をしに来たのだから。」といつてなだめる態度を見せ、あるいは寒川が青木をとり押えていた間も一向に青木に対する攻撃の気勢を示すことなく、ひたすら退避を続け、いきり立つていた青木とは対照的な態度を見せていたことが証人寒川の供述記載によつても明らかである。そして、アパート前から約五〇メートル足らずの間は迫つてくる青木との間に一定の間合いを保ちつつ同人をなだめながら退避し、それでもやまらないためその先は走つて逃げ出し、これを青木も走つて追いかけて、当初の青木方アパート前から約一二〇メートル前後にげた地点で本件発砲行為がおこつているのである。これによれば、被告人が当初拳銃等をとり出そうとした時全く防禦用の道具とするつもりだつたかどうかについてはいささか疑問があるとしても、青木が脇差をもつて室外に出て来たのを寒川が制止したころ以降においては、被告人には拳銃等で青木を攻撃する意思は全く有していなかつたし、又攻撃するかの如き素振りを示したこともなかつたと認められるのであるから、その後同所から一〇〇メートル以上も逃げた先の本件犯行現場で被告人が手に持つていた拳銃等には全く攻撃用という意味合いはなかつたものと考えてまず差支えないと考えられる。したがつて、被告人がアパート前で拳銃等をとり出した際の真意に喧嘩斗争的な面があつたとしても、本件現場での発砲行為はかかる斗争意思を全く失い逃走を続けた先での行為であるから、これとは別個に評価されるのが相当であり、喧嘩斗争の一環であるなどといつて正当防衛の成立を否定できる場合でないことは確かであろう。

2被告人は右手に拳銃をもち左手に包丁をもつた状態で走つて逃げ、それを青木は右手に抜身の脇差をもつた状態で走つて追跡した。本件現場付近での両者の間隔につき、検察官は4.2メートル位といい(5/10日付実況見分調書における被告人の指示説明)、弁護人は二ないし2.5メートル位という(鑑定書中弾丸の射入角が上方約二〇度とあるので、そのことと被告人の身長等の体格から割り出したもの)。被告人の検察官調書中では三ないし四メートルとされているので、実況見分調書中での被告人の指示が細部まで正確とはいえないし、又射入角そのものも被害者の姿勢如何によつては一定でないのでこれまた同様である。ただ、鑑定書によると、創口が破裂状又は噴火口状を呈していないので接射ではなく、一方創口付近を拭つたガーゼや表皮片から亜硝酸イオンが検出されているので遠射でもない事実が認められるので、およそ数メートル以内と考えられる点だけは確かであると認められる(なお、被告人は追いつかれて右の距離にちぢまつたようにいうが、5/8日付実況見分調書中の寒川の指示説明とはややそぐわないふしも感じられ確定できない。)。

ところで、青木はアパート前で寒川に制止されたときからこれをふり切つて被告に対し脇差をふりまわしてかかつてくる動作をくりかえしていたこと、アパート前からの移動・追跡距離が一〇〇メートル以上に達していたこと、被告人が横道に走りこんで逃げたのであるからここに追跡をやめてもいい一つの契機はあつたのにこれをやめなかつたことなどからすると、同人は相当興奮して追跡しているかに見られるが、そのような状態で脇差をかざしている同人との距離が僅かに数メートル以内という情況になれば、その刃物の切先が届くほどの至近距離ではなくとも、被告人の生命・身体等に対する急迫・不正の侵害が現在する状態と考えてよい(場合によつては刃物を投げつけることも可能であり判例にあらわれた事件のなかにもそのような例がある。)。実質的にみても、右のような状態において、なおひたすら逃走する以外に法律上自己の身の安全をまもるためにとりうる手段がないというのでは、攻撃を受ける者の法益保護が軽視されすぎる結果になると思われる。検察官は刃先が届かないことを理由として急迫性がないかの如くに言うが、それでは余りに急迫性の要件が狭すぎるというべきである。

3以上によれば、本件は脇差をかまえてくる青木の不法な所為に対し、被告人において、自己の身の安全をまもるため必要な行為を、相当性の限度をこえない限り、行なうことができる場合であつたと考えられる。発砲の動機につき被告人は、背後から至近距離で追われこわさの余り発砲したというのであるが、この点に関し、証拠上は防衛目的以外の別個の動機を疑わせる点は見当らないので、右は防衛目的にでたものと考えることに本件では大して疑問はなく、そうだとすると、問題はそのような状況のもとで青木に向けて拳銃の引金を引いた被告人の行為は防衛のための行為として相当性をもつといえるかどうかの一点にかかつてくる。

検察官は発砲現場の道路は袋小路ではなく、その先がさらに広い道路に通じていて逃走が可能なのであるから逃走をまず考えるべきであり、被告人は飲酒の影響があつたといつても現に発砲後疾走しているだけの余力があつたのに発砲した点で正当防衛にあたらない、という。しかし、青木の迫つてくる行為を急迫・不正な行為と考える以上、これに対し相当な防衛行為を行なうことは許されるのであり、そのことは逃走が不可能な場合だけでなく可能である場合についても同じであると考えられるから、右の主張は本件における相当性の限界を検討するうえでは決め手になるものではない。袋小路のため逃走もできないという状態ではなかつたことを相当性判断の一要素として考慮に入れておけば足りる。

そこで、次に発砲行為の相当性につき考えるのに、まず本件現場は道路両側に民家が密集していて逃げこむ余地のない場所であり、また深夜二時ごろのことで人通りもなく他に助けを求めることもできそうにない状況下のことであつた。青木だけでなく被告人自身も当夜飲酒して相当酔いのまわつた状態のもとで、七、八〇メートル位の間走つて逃走しようとしたのに、あきらめずに追いかけてくる青木の見幕におそれを感じるとともに、同人との間隔が僅かしかないのを見て追われる立場の被告人が自己の生命・身体に対する危険を感じ、脇差の切先がとどくような距離になつてしまつてからではこれによる青木の攻撃を被告人が左手にもつていた包丁だけで防ぐことは難しいと感じ、確実に防ごうとすればそのような距離に近づかれる前にもう一方の手に持つていた拳銃で銃撃するほかないと考えたとしても、そのように切迫した状態に実際に置かれた身になつてみればある程度もつともだと理解できなくはない。加えて、被告人が手にしていた拳銃は、通常の性能を備えていた拳銃ではなかつた。すなわち、銃自体は約一五〇年位前に製造されたらしい回転式の管打ち式六連発拳銃で、現在古式銃として愛知県教育委員会に登録済であつたが、主に装飾用美術品として用いられていた物であり、これを被告人は昭和五一年三月福岡県に住む知人から譲り受けたのち、操作方法について書物等を通じて一応の知識を得ただけで一度も試射したこともなく、本件当時は近く魚釣りにでも出かけた際に海にむけて試射するつもりで偶々四月三〇日夕方寒川方に出向く前に、かねて買い求めてあつた紙火薬と魚釣り用の鉛製おもりをつぶして弾丸のような型にしたものとを一個つくつて六個ある弾倉中の一個所だけにつめ、この弾倉に通じる部分にマツチの軸先についている発火剤粉末をつめた管打ち用管をとりつけてあつただけのものであり、そのためか、青木方アパート前で寒川にとりあげられまいとして引金を引いたときにはカチツと音がしただけで発射されないで終つていたこともあつて、右発砲現場でその拳銃を青木に向け発射することになつたときまでははたして次回に撃鉄がたたく筈の弾倉に丁度手製の弾丸、紙火薬、管がとりつけられているかどうか、あるいはまた右のように簡易な手製のものでもこれを撃鉄がたたけば弾丸が発射されるものかどうか、また弾丸が発射された場合それが本件の場合のように強力な殺傷能力をもつものかどうか等の諸点については全く見当がついていなかつたのである。このようにして、その性能に十分の信頼を置くことのできない状態の銃器であつてみれば、万一失敗した場合のことをも考えると、相手にあまり近づかれすぎないうちにやや早目に発射してみるほかない心境になるのも一面自然であり、また弾丸が一発しかこめられていないことを考えると、何発もこめられているときのように一発目は足元でもねらつて威かく射撃をし、それでも相手が攻撃をやめないときに次の発射を考えるというような手順をふむ余裕がないことも納得される面があるといえる。このような点を考えると、被告人が相手方に切りつけられる前に相手の身体枢要部をめがけて一発しかない弾丸を先に撃ちこむことによつて身の安全をまもろうとしたことも、他に確実に自己の安全をまもることのできる適当かつ容易な代替方法の見当らない状況のもとにおいてはある程度無理もないのではないかと感じられなくはない。

しかし翻つて考えてみるのに、相手方が脇差をかまえて数メートルの近くにまで迫つてきたとき、それ以上に切りかかる等の行為に出ていない段階においても、防衛のためであれば、先に相手方身体の枢要部をめがけて拳銃を発射することが相当性の範囲内にあるものとして一般的に許されるものであるかどうか。やはり、相手方の死が予測されるような強烈な防衛行為を適法と考えうるためには、その前提となる相手方の攻撃行為についても、生命等に対する重大でかつ極めて高度の急迫性をもつた侵害行為を必要とするものと考えなければならないであろう。本件の場合、青木は被告人対して脇差をふりおろしてみせたことがあつたが、それは被告人にとつてもまだ脅しの程度と感じられたというのであり(被告人の検察官調書)、他にはまだ本気で切りかかつて来たというような態度までは見られていない。いわば、兇器を手にしての脅迫からこれを用いての加害行為に向つて一歩踏み出した感はあるが、まだ切りかかつてくる等の生命侵害をもたらす具体的な行為の段階にまでは達していない。そうだとすると、生命侵害の危険が具体的に切迫したとまでは言えない右の段階においては、これに対する防衛行為として、侵害者の生命をも失わせるような行為まで適法として許容されると考えることは問題であり、やはりせいぜい相手に重傷でも負わせるなどしてその攻撃を断念させ、あるいはひるませる程度の行為が限度と考えられるべきであろう。右の限度をこえ、相手方が現実に切りかかつてくるとかそのような挙動を示したためこれに準じて考えられるような段階に達しないうちに、先に相手の身体の枢要部に向けて発射し先制的に射殺してしまうことまで許されると考えることは、やや過剰であり適当ではないと思われる。もとより、右の点をあまり厳格に考えすぎて、防衛のための行為が手遅れになつてしまい、正当防衛を認めた法の趣旨が生かされなくなつてしまうことがあつてはならないが、さりとて自己の安全を守るためであれば先制的な行為まで広く許されるということになるのも問題であろう。

そこで次に、これに対する反論として、一般論としては右の基準を承認するとしても、本件の場合、一発しかこめられていない弾丸、しかもはたして発射されるかどうか判らない弾丸、それが次の弾倉にこめられているかどうか不確かだというように何重もの難点があつて銃器としては極めて信頼性に欠けている性能のものを前提として、その引金を引く程度の行為であれば、前記の基準より今一歩早い段階で許容されると考えてもよいのではないかとの議論がありうるかも知れない。そして、そのことは心情的には理解できなくはない。しかし、銃器の性能が低下しているという場合のなかでも、たとえば、弱い威力の弾丸発射の性能しかないために死亡等の重大な結果までは生じそうにないというような場合であれば右のような考え方を容れる余地があるかも知れないが、そうではなく、本件のように銃からうまく弾丸が発射されるかどうか、また発射された場合の威力が不明で、したがつてあるいは発射されなかつたり発射されても威力が弱かつたりすることがあるかもしれないが、逆に威力が強力で重大な結果を生じさせるかも知れず、そのいずれであるかは結果を見ないと判らないというにすぎないとき、いわば常に強力な発射能力を発揮するとは限らないという意味で性能に問題があるというにすぎないときには、結局のところ予想される場合の一つとして、重大な結果を発生させるかも知れないことが否定し切れないのであるから、この場合もやはり前述のとおり侵害者の生命侵害に及ぶことがあるかも知れない防衛行為の一場合として、同様の基準に従つて相当性の限界を考えるほかはない。

(本件の場合、発砲時まで試射したことのなかつた被告人が、うまく発射されるかどうか又その威力について当時個人的に知つていた事情および一般人が知り得たと思われる事情をもとにして考えるとき、弾丸が発射されてもその威力が弱く、せいぜい相手を負傷させ攻撃をひるませる程度にすぎないと考えたであろうことが一般的に承認されるようであれば、そのような銃器を相手方に向けてその引金を引く行為についても相当性の程度をこえないと判断する余地が生じるかも知れないが、銃器そのものまで手製改造銃というわけでもない本件においては、やはり紙火薬約三〇枚位をつめたうえでこめられた弾丸が一旦発射されてしまえば相当強力な威力を持つかも知れないことについては、一応予測の範囲内に入つていたものと考えざるを得ないであろう。)

そのようなわけで、青木が脇差をかまえて近づいて来た時点で直ちにその身体枢要部をねらつて銃撃した被告人の行為は、防衛目的を確実にはたしたいとの気持に出る行為ではあつたろうが、なおそのために許される相当な限度をこえたもので過剰防衛にあたるものと考える。

そこで、弁護人の正当防衛の主張は採用しない。

(量刑の事情)

本件により一人の生命が失われた結果が重大であること、それが携帯の禁止されている銃器を使用して行なわれたものであること、被告人においてそのような銃を車のトランクに入れて持ち歩いてさえいなければ本件当時これを持ち出し青木を一層興奮させることもなかつたのではないかと思われること等々を考え合わせると、被告人の所為にも相当の非難を加えられてもやむを得ない点があることは明らかである。

ただ、何といつても、先に述べたとおり発砲に至る直接の原因は青木が脇差を抜きはなつて逃走している被告人をしつこく追跡し、乱暴沙汰に発展するのをやめようとしなかつた点にあること、そのため被告人においても身の安全をまもる気持から発砲したもので攻撃的な要素は認められなかつたこと、また引金を引いた際弾丸が発射されたことやその威力が想像以上に強かつたことについては、前述のような事情からしてかなり偶然であつたとの要素も強く、その意味では被害者・被告人の双方にとつて不運とでも言うほかない事情が認められること、被告人の妻と被害者の妻とは同じ勤先での同僚芸妓という特殊な関係もあり、そのため本件後当事者間で一応の謝罪がなされ嘆願書が提出されるまでに回復していること等々の被告人に有利な情状も多いので、それら諸般の事情を考慮し、主文のとおり量刑する。

そこで、主文のとおり判決する。

(渡瀬勲 秋山規雄 石村太郎)

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